おいしいゆで卵の作り方☆



ある夏の土曜日。
午前中の部活の疲れを癒すように部屋で横になっていた沖田総悟はインタフォーンの音に身を起こした。
動くのが酷く面倒で居留守を使おうかと思ったがインターフォンの音は嫌がらせのように鳴り続けている。


−うるせぃ・・・−


無性にインターフォンの音が感に触るので玄関に向かう事にした。総悟の神経を逆立てさせる音はまだ鳴り続けている。
そしてフラッシュバックする白い肌と涙に濡れた青い瞳。
産まれて初めて『大切にしたい』と思った少女を傷つけてしまった記憶はまだ新しい。
手のひらにはまだ少女の柔らかな肌の感触が残っているようだ。
総悟は玄関の扉を開ける前に頭を空にするよう一度深呼吸をし、不機嫌な事を隠そうともせずに扉を開ける。


「はーい。お待たせいたしゃした・・・。一体、どちらさんですかィ・・・。」

「やっぱりいたアルな。」


ドアの前にはピンクの髪をお団子に結ったセーラー服姿のクラスメートが立っていた。
総悟の蘇芳色の瞳に驚愕の色が走ったが来客者に気づかれぬように目を閉じ、ゆっくりと溜め息をつく。


「暑いアルね。さっさとクーラーの効いている部屋に入れるヨロシ。」


堂々と言い張る自分の心を支配している少女に向けて総悟は嘘偽りない言葉をはっきりと簡潔に告げる。即ち、

『帰れ。』と。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「何度言わせれば気がすむんでィ!これは『短歌』!『俳句』じゃねぇ!!文字数を数えたらわかるだろ!」

「私、『いたいけ』な留学生ネ!ニホンゴ ホントニ ムツカシイネ。」

「カタカナっぽく喋るな!辞書で頭かち割るぞ!ついでに辞書で『いたいけ』って意味引いてみろ!」


神楽が「このサド野郎が・・・」と呟くのが聞こえた気がしたがあえて無視した。


『せっかくアイスを持ってきてやったのに、追い返すつもりアルか!?』
『血も涙もない野郎ネ!!レディーをこの炎天下の中、休憩もなしに歩かせるつもりアルか!!』

閉めようとしたドアに身体を割り込ませながら叫ぶ神楽に負けて部屋に入れたものの、この状況をどうしたものかと考える。

−私、今日は補習だったネ。銀ちゃんにたくさんプリントもらったけど月曜まで仕上げる自信がないアル。
お前、私に教えるヨロシ。 −

他の人間に頼め、と言ったが 『お前、私の買ってきたアイス食べたよナ。』というビン底眼鏡を光らせた神楽のセリフに
総悟は不本意ながら神楽の面倒を見るハメになった。
最早、『怒り』を通り越して冷静になった総悟は、自分に背を向け課題を解いている神楽にチラリと目をむける。


−ったく・・・何考えてんだ?この女。普通、自分を襲った男の部屋になんて一人でノコノコ来ねぇだろう・・・。−


前にも似たような事を悩んだような気がするのは自分の気のせいではないだろう。
神楽は身を持って知ったはずだ。「男」という生き物がどんなモノかという事を。
それでも危機感がないというなら今後の事も考えて自分が責任を持って教えてやらねば、
と思うが総悟の頭をよぎるのは涙を浮かべて震えていた神楽の姿。
その姿は「サディスティック星からきた王子」と異名を持つ自分でも辛い。まさに「惚れた弱み」。
本当に何を考えているのか教えて欲しい、と総悟は思う。
この「据え膳」「鴨ネギ」状態を自分にどうしろというのだろうか。自分の理性を試しているのか?
雑誌を広げているが全く頭に入ってこなかった。


「サド、ここを教えるアル。」


自分の葛藤を全然気づいてないであろう、呑気な少女の声に多少苛立ちを感じながら「どこでぃ?」と身体を動かす。
自分に問題を聞こうとして後ろを向いた神楽と前に進んだ自分。必然的に距離が狭まる。


「っ・・・!」


少しでも動いたら触れ合いそうな距離で息を飲むような声が聞こえ、不自然な動きで自分から離れていく神楽。
この反応は、もしかして・・・と思い「チャイナ。」と声を掛ける。


「な、なんか喉が渇いたアル。何か飲む物をもらうヨ。」


自分の言葉を無視し、席を立とうとする神楽の白い腕を総悟は掴む。総悟を見る神楽の顔には明らかな動揺。
神楽のその表情に総悟のドSのスイッチが入った。

「何?警戒してんのかィ?」

笑いながら神楽の白くて細い腕に唇を寄せる。

「け、警戒って何の事アルか?それより手を放せ!!この変態野郎!!」

顔を真っ赤にしながら叫ぶ姿に総悟はニヤリ、と笑う。そしてそのまま神楽の手を引き寄せ、床に押し倒す。

「ひ・・・っ・・・・」

小さく悲鳴が聞こえたがそのまま両腕で神楽を逃がさないように囲い、神楽の青い綺麗な瞳を隠す無粋な眼鏡を奪う。




「チャイナ。お前、こうなるの解っていて俺の所に来ただろう。」


神楽の青い瞳と総悟の蘇芳色の瞳がぶつかる。
真っ直ぐ見つめてくる総悟の問い、いや確認の言葉に神楽は顔を真っ赤にして視線を逸らす。
だが、神楽からの否定の言葉はない。


−やっぱりな・・・ −


先ほどの不自然な逃げ方と腕を掴んだ時の様子。あれは「嫌悪感」ではなかった。どちらかというと「戸惑い」だ。
本人が自覚してるかは微妙だが神楽の表情は未知への「期待」がかすかに含まれていた。
明らかにこないだと反応が違う。

「チャイナ・・・。」

≪据え膳食わぬは男の恥≫そんな言葉が総悟の脳裏に浮かぶ。そして、ゆっくりと神楽に覆いかぶさり、唇を近づけた。

「お前・・・・でも・・・こん・・・・アルか?」

唇が触れ合う前に神楽が小さな言葉を紡ぎ、総悟は動きを止める。
自分の下にいる少女は青い瞳に涙を浮かべ、自分を睨みつけていた。
なぜ、こんな顔をしているのだろう?そんな疑問が浮かぶ。

「お前は、誰にでもこんな事をするのか、と聞いているアル!!」

神楽の言葉に総悟は呆然とする。
さっきまで良い雰囲気だったハズなのにどうして少女は突然そんな事を言い始めたのであろうか?
総悟は混乱しながらも、神楽を落ち着かせようとする。

「チャイナ、お前一体急にどうしたんだ?」

「どうしたんだ、じゃねえヨ!質問に答えるヨロシ!!お前、女の子連れこんではこんな事をしてるアルか!?」

「なんで、そうなるんでィ!!」

「銀ちゃんが男は皆狼だって言ってたアル!!お前もやっぱりそうだったアルね!!」


「 神楽!!」


総悟はおもわず声を荒げる。総悟の口からはめったに出る事のない名前を強く呼ばれた少女はそのまま硬直する。
総悟は昂っている気持ちを落ち着かせようと息を吐く。
そしてまだ硬直している神楽を床から引き起こし、その細い身体を抱きしめる。

「お前が何を誤解したのかはしらねぇが、この部屋に上げた女はお前が初めてでさぁ。」

神楽の耳に囁くように語りかけると、腕の中の少女はかすかに震える。

「それと・・・お前だったからでィ、こんな事したのは。断言する。万が一、他の女だったらこんな事しねぇぜ。」

総悟はゆっくり神楽の背中を撫でる。自分の胸に顔を埋めた神楽は顔を上げようとしない。

だが、総悟の背中に白くて細い腕が躊躇いがちに回ってくる。
そして小さく「沖田。」と自分を呼ぶ声がする。

「ごめんアル・・・。」

「うん。」

「一杯一杯だったアル・・・。」

「うん。」

「やっぱり、少し怖かったアル。」

「うん。」

相槌を入れながら、神楽の言葉に耳を傾ける。

「沖田が妙に慣れていて、不安になったアル・・・。」

「俺、慣れてたかィ?」

慌てたように聞いてきた総悟に神楽は顔を上げる。その顔は初々しく赤く染まっていた。

「なんか、色々慣れてるみたいだったネ。凄く余裕な感じもしたし。私ばっかりドキドキして悔しかったアル。」

少し拗ねたような神楽の顔に総悟は表情を和ます。そして強引に神楽を自分の胸に押し付ける。
「何するネ!」と神楽は抗議の声を上げたが総悟はかまわず神楽を固定する。

「聞こえるかィ?俺の心臓の音。」

総悟の言葉に神楽は大人しくなり「凄く速いアル・・・。」と呟いた。

「俺も一杯一杯なんでさぁ。チャイナと一緒で余裕なんてねぇよ・・・。」

心地よい沈黙が部屋に流れる。総悟に伝わってくる神楽の温かい体温と鼓動。
神楽の柔らかい身体の重みがとても気持ち良い。
− 愛しい −そんな言葉が総悟を一杯にする。

「・・・チャイナ・・・俺、お前の事が・・・・」

思いを告げようとそこまで言ったところで自分の胸に顔を埋めている少女の様子がおかしいのに気づいた。
まさかと思って顔を覗き込む。

「・・・マジかよ・・・」

総悟が見たのは自分の胸で気持ちよさそうに眠っている神楽の姿だった。
思わぬ事態に総悟は脱力する。だが、あまりにも気持ちよさそうな寝顔に自分の中の欲が静まっていくのを感じた。
大きく溜め息をつきながら、神楽を抱え自分のベットに連れて行く事にする。
「ここで寝かせたら風邪をひく。」とそんな名目を立てながら。

「『目覚めたら、ベットの上に男といました。』さて、コイツはどういう反応をするのかねぇ。」

目が覚めた時の神楽を想像すると、笑いがこみ上げる。
寝ている神楽にどうこうするつもりはないが、少しぐらい意趣返しをしてもバチは当たらないであろう。

総悟は静かに神楽をベットに寝かせ、静かに寝息を立てている少女の頬を指先で触ってみる。
神楽は「うーん・・・。」と唸り、身体を丸めて眠り続ける。

まるで卵みたいだと総悟は思う。白くて、ツルツルしておいしそうな卵。でも、自分の殻を守ろうとしている卵。

「チャイナ・・・お前、『ゆで卵』の作り方って知ってるか?簡単なようで結構、奥が深いんだぜ?
上手くしねぇと綺麗に真ん中に黄身が来ねぇし、殻がうまく剥がれないんだ。」


総悟は眠っている神楽に語りかける。


「覚えておけよ。お前の殻を剥くのは俺だぜィ。」







− 食うのも俺だけどな。 −


神楽の眠りを妨げないように囁かれた言葉は内容とは裏腹にとても優しい声だった。

総悟は眠っている神楽の隣に入り込む。
そして自分の側で眠る『卵』の温かさを感じながら幸せそうに微笑むと蘇芳色の瞳をそっと閉じた。

この数時間後、目を覚ました神楽はしっかりと自分を抱えて眠っている総悟を叫びながらベットから突き落とすのだが、
少年はその運命をまだ知らない。




おいしいゆで卵の作り方☆


沸騰した湯の中に卵を静かにいれて、ゆっくりまぜましょう♪
決して焦ってはいけません☆


-end-




作 鏡様